2022年4月1日
「札幌国際芸術祭2023-24 冬」のディレクターに就任
小川秀明が目指す、トランスフォーメーションを起こす芸術祭
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3年に1度開催される札幌国際芸術祭(SIAF)。2023年度冬季に開催される次回のディレクターに、アルスエレクトロニカ・フューチャーラボの共同代表・ディレクターの小川秀明が就任された。どのような芸術祭を目指しているのか。就任発表を受けて、彼が見据えているビジョンを聞いた。
聞き手・文=田尾圭一郎
札幌国際芸術祭のビジョン
—— 小川さんはこれまでアルスエレクトロニカで、メディア・アートを軸とした作品の制作や、研究、社会実装に取り組んでこられました。その意味で小川さんの就任発表は、これまでのディレクターとはキャリアが異なり意外だったいっぽうで、芸術祭がどのような方向性を目指しているのかを感じさせる、納得感のあるものでした。ご自身はどのようなイメージをお持ちですか?
小川秀明 私自身もまったく予想していなかったので、驚きました。しかしやるからには、従来の芸術祭の枠組みを超えた、新しい提案をしたいと考えています。例えば、札幌国際芸術祭で目指そうとしているのは、芸術祭自体を札幌市の「創造エンジン」にトランスフォームすることです。もちろん、集客による地域活性も成果として問われることになりますが、そうではないところ—— 根本的な教育や未来に向けた取組みをつくってあげることのほうを、私は重要視したいと思っています。
創造エンジンを動かすきっかけとして「雪」に着目するつもりです。今年の2月に札幌に行って、雪の存在感をすごく感じました。札幌市民にとっては当たり前のものでも、アーティスティックな視点からリサーチして可視化・体験化することで、普段の当たり前がまったく異なるものに変換できるかもしれない。改めて「雪」というメディア性やその価値、誰もが常識と思っている固定概念に問いを投げかけてみたいと思っています。
—— これまで集客や観光といった地域経済の活性が強く求められてきた芸術祭は、コロナ禍においてその維持の仕方や存在意義を再設計する必要性に迫られていると思います。アルスエレクトロニカでのご経験を踏まえ、どのように芸術祭というコンテンツの成果を測っていくべきと思われますか?
小川 集客に留まらない、文化・教育的なインパクトです。集客というインパクトをKPIとして測ってきた芸術祭は多いですが、未来思考の人材を生み出していく教育的な価値、新たなイノベーションを触発するような文化的なインフラとしての価値を芸術祭に導入したいと考えています。そのためには、芸術祭への来場者・鑑賞者数だけでなくアクティブな「芸術祭のユーザー」をどれだけ増やせたか、どれだけ多くの学校や授業がこの芸術祭を利用できるか、この芸術祭をきっかけにどんな新しい取り組みや事業が生まれたか、どんな変化を起こせたか、といったインパクトにこだわりたいと思っています。
—— 来客者数を測るイベントではなく、利用者を測るインフラとして芸術祭を捉える、ということですね。
小川 2月にはさっぽろ雪まつりも開催されるので、集客はある程度見込めるはずです。それであるならば、創造エンジンとしてのインパクトを重視し、KPIを測っていきたいです。
日本でトランスフォーメーションを進めるために
小川 コロナ禍を通して日本の課題が浮かび上がっているように思えます。例えば「科学的な視点とそれに基づいた判断力」、それを起点に迅速に対応する「システムを設計・構築する力」などが挙げられます。日本では議論の対象が属人的になりがちで、システムになりにくい。「誰が悪いか」ではなく、科学やデータを重視し「なぜそれが発生するのか」「現状の仕組みをどうアップデートすべきか」とオープンに議論することで、生活者が必要とする「システム」の質をあげていくべきです。
—— 戦後の日本が工業社会として発展していく過程で、(仕組みを共有する)マニュアルづくりは経験してきたかもしれませんが、ロジカルにビルドアップしていくことは苦手だったかもしれません。新型コロナウイルス感染症においても、感染対策やワクチン接種の合理化など、科学やシステムの必要性を感じるシーンが少なくありませんでした。
小川 つくったシステムは更新していくためのものでなければならない。過去の経験やノウハウをアップデートしていけると可能性が広がります。
アルスエレクトロニカは、1979年のその始まりから「アート思考」に取り組んできました。アルスエレクトロニカが長く扱ってきたメディア・アートは、アートとテクノロジー、科学のハイブリッドな表現であるため、それが未来の社会を描くプロトタイプと捉えることができます。そのため、5〜10年後に製品化やシステムとして社会実装される原型となる場合や、これからのテクノロジーのあり方、人間性や社会のあり方に一石を投じる力となります。このように、クリティカルに現在を捉え、ポジティブに未来を構想する「アート思考」すなわち、「未来思考」がこの芸術祭のテーマともなります。次回の札幌国際芸術祭では、このような新たなマインドセットを得られるような機会をたくさん用意することで、集客だけでなく教育とイノベーションによってトランスフォーメーションを起こすことを目指していきます。
日本にいま決定的に欠けているのは、より良い未来に向けたトランスフォーメーションを実現するシステムです。
—— 2017年の文化芸術基本法改正によって、文化芸術が観光やまちづくりなどの分野で求められるようになりました。アートと地域社会も近づいていきましたが、集客や収益といった短期的な効果が注目されている、という印象です。
小川 文化インフラとして、芸術祭が「未来を考える場」になるべきだと思っています。子どもから大人まで、アートを通して未来を体験する新しい学びの場を提供する。そして、教える先生側にも「未来思考」を学んでもらい、芸術祭を立体的な教材として提供し、未来思考プログラムとしてシステム化する。札幌市が主催する札幌国際芸術祭は、その存在自体が、未来のための教育のエンジンとしてのポテンシャルを持っていると思っています。
さらなる提案としては、未来にむけた実験的なトランスフォーメーションを受け入れ、活用していく仕組みづくりです。現在、日本の企業や行政は、イノベーションや変化のためのジレンマに直面しています。製品やサービスの品質にこだわるあまり、コンプライアンスやオペレーション、効率性ばかりに注力し、新しい創造的なチャレンジを実践しづらい環境を自らつくってしまっているように思えます。もしも、企業や行政に「創造」に責任を持つ、芸術監督やチーフ・クリエイティブ・オフィサー(Chief Creative Officer)というシステムを導入したら何が起こるでしょうか。世界で最もクールなデザインがみんなの使うものにもっと普及したり、街自体が機能性だけでなく、わくわくする場になるのではないでしょうか。
札幌国際芸術祭自体も、もしかしたら、ある意味、札幌を創造的にアップデートする役割を担えるかもしれない。様々なトランスフォーメーションが起こり、行政のコンテクストが変わる。面白いチャレンジをしている自治体が注目され、雇用や移住が進んでいく。そうなると21世紀中に私たちが住む風景が変わっていくはずです。
次のプレスリリースでは、そういったトランスフォーメーションを目指した芸術祭の、具体的なコンセプトや一部の取組みを発表する予定です。ぜひ楽しみにしていてください。
PROFILE
小川秀明
2007年からオーストリア・リンツ市を拠点に活動。アートとテクノロジーの世界的文化機関として知られるアルスエレクトロニカにて、アーティスト、キュレーター、リサーチャーとして活躍。現在は、同機関の研究開発部門であるアルスエレクトロニカ・フューチャーラボの共同代表を務める。アートを触媒に、未来をプロトタイプするイノベーションプロジェクトや、市民参加型コミュニティーの創造、次世代の文化・教育プログラムの実践など、領域横断型の国際プロジェクトを数多く手掛けている
Editor’s note
地域芸術祭が増加した2010年代に注目されていた集客による地域活性は、コロナ禍で困難になりつつある。県境をまたいだ移動は控えられるようになり、期待されていたインバウンド需要は望みにくくなってしまった。その課題に各々の芸術祭が向き合おうとしているなか、札幌国際芸術祭の「ディレクター・小川秀明」という発表は興味深い。小川はアルスエレクトロニカの(芸術祭という立ち位置の「フェスティバル」ではなく)「フューチャーラボ」というクリエイティブ産業創出機関のディレクターを務め、メディア・アーティストの創造性を社会実装させることに取り組んできた。つまり、彼が目指そうとしているのは、フェスティバルではなく社会実験のラボとしての芸術祭だ。掲げられた「教育とイノベーションによるトランスフォーメーション」が、どのように提言されるのか。我々鑑賞者も、これまでの「鑑賞」という受け身に留まらない、多様な感じ取り方が求められているだろう。
INFORMATION
札幌国際芸術祭2023-24
https://siaf.jp/